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2011年1月 3日 (月)

すずめと庚申塚と水仙

僕のウェブサイト www.hayashidahiroyuki.com が昨日から閲覧できないようです。おそらくサーバーがダウンしているのでしょう。このサイトは以前僕の会社のシステムを見てくれていた方の自前のサーバーを間借りしているのですが、なかなか復旧しないところを見るとたぶん正月休みで田舎に帰っているのかもしれません。

今日のスズメ。最近はベランダにエサがないと、手すりにとまって待ち構えています。

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ここ数日、ブログにも書いたように裏山を散策しています。道端にある古びた石碑がいつからここに立っているのか気になったので調べてみました。左から庚申塚、えびす様、「大青面金剛」と書かれた石碑。

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どれもだいぶ劣化しているのでわかりづらいですが、よく見ると年号が彫ってあるんですね。庚申塚は右上のほうに「貞享(じょうきょう)三年」と書かれています。

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貞享三年は西暦でいうと1686年になります。江戸時代で、「生類憐れみの令」で知られる徳川綱吉が将軍だったころ。右の写真の「青面金剛」は庚申の本尊なので庚申塚とセットで建てられることが多いとのことで、同じころに作られたのでしょうか。台座に村人の名前と思われる文字が彫ってありますが、現在このあたりで多く見られる苗字とはちょっと違うような気がします。

えびす様のほうは「享保四亥六月」と彫られています。「亥」はいのししの干支で、享保4年(亥年)の6月ということでしょう。

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享保四年は西暦1719年で、暴れん坊将軍吉宗の時代です。庚申塚よりも後から建てられたことになります。この辺りの村人は漁業で生計を立てていたと思われるので、漁業の神様であるえびす様を祭ったのでしょう。

庚申塚もえびす様も、もう300年の間ここに立って、道ゆく人を見守っていたことになります。辺りの風景はその頃からどれくらい変わったんでしょうね。

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