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2012年10月28日 (日)

アルコールと喘息

未だに大学生が一気飲みで死亡とかいうニュースが定期的に流れたりしますが、ほんとアホかと思いますね。大学生のくせに飲めない人間が飲み過ぎるとどうなるかもわからないのですかね? 少なくとも僕が通っていた芸大では一気飲みを強要するような文化はなかったです。思うに一般大学と違って芸大は学生が人生にちゃんと目的意識を持った人間ばかりなので、大人だと思うんですよ。人間ひとりひとりは違うもので、自分と同じ人間などいないということをちゃんと分かっているわけです。たとえば予備校・大学を通じて作品制作をしていくことで、同じテーマでも各々が全く違う解釈で答えを出してくる、そういったところでも自ずと自分と他人が別のものであることに気づくわけです。一般大学ではそういう経験はあまりないんじゃないですかね。

一気飲みを強要するということは、詰まるところ「オレがやって大丈夫なのだからお前も大丈夫なはずだ」という根拠のない思い込みからそうさせるわけですよね。そういった集団は何でもみんなに同じことをさせて「個人」を尊重しようとは思わないのでしょう。また強要されて飲む側も自分という個人でいることよりも、周りに同化してしまうことを望むのでしょう。まあサラリーマン予備軍としてはそれが大切なのかもしれませんが。

僕は大学時代は一切お酒を飲みませんでした。それでも飲み会の席でみんなとワイワイやるのは好きなので、必ず出ていましたね。芸大には呑兵衛が多かったですが、お前も飲めと言われたことは一度もないです。社会人になって多少は飲むようになりましたが、それでも量は飲めないです。なぜかというと喘息だからです。体内に入ってくるアルコールが一定量を超えると呼吸困難になるんですよ。健康な人なら飲み過ぎても気持ち悪くなって吐いたり二日酔いになるくらいで済むかもしれませんが、僕の場合は呼吸ができなくなるのでヤバいのです(笑)。

幸い社会に出ても未だ酒を強要する人に出会ったことはありません。クリエイティブな業界はやはり個人をちゃんと尊重するし、他人を無理やり自分流に抑えこもうとはしません。結局いろいろな争いごとというのは「他人は自分と同じべきである」という考えから発生するんだと思いますね。身近ないざこざから戦争まで。つまり相手(それが善であっても悪であっても。所詮善悪というものは見方次第の曖昧なもの)を認める寛容さを欠くことが、様々な問題の元凶なのでしょう。

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